« 大切なお話 | トップページ | オープン1周年 »

2013/02/24

普通のもの

ここのところ、体調が本調子にならないのもあって、

いつも、お喋りの自分が

実に静かである。

家では、喋らなくなったぶん、旦那とせっせと本を読む時間が増えたような気がする。

先日、旦那が図書館で中村好文氏の「普段着の住宅術」という本を借りてきた。

彼の仕事は、住宅・建築雑誌や、インテリア雑誌で見かけていて、

いいなあ。

とは思っていたけれど、あらためて著作に向き合うのは初めてだった。

面白かったので、いまは、この「普通の住宅、普通の別荘」を読んでいる。

A0304

彼の語る言葉の中には、「普通」という言葉が出てくる。

世間の、どうも普通に対する否定的な捉え方。

もの作る人間なら、普通を越えて。

奇抜であったり、新奇であったり。

そのデザインやコンセプトが、今までにないもので話題性があったり。

はて?

もの作り人は、こんなものを求めて作っていかなければ、ダメなのだろうか。

毎日、使うもの。

毎日、眺めるもの、触れるもの。

だからこそ、極力、作り手の無駄なエゴやデザインの奇抜さは必要なくて

「普通でいいんじゃないか?」

それが、旦那の作る家具のコンセプトで、

それは、間違っていないと思うのだけど、

なかなか、伝わりにくい部分もあるのが正直なところでもあった。

たまに、オーダー家具なら、手作り家具なら

他にない、「すごいもの」や「かっこいいもの」や「おしゃれなもの」があるんじゃないだろうか?

そういうものを作ってくれるのではないだろうか?

と思われることもあるのだが、

その期待に対して、いきなり、

「それはないです」

と答えるのは、なんだか残酷で、

ならば、どう答えるか。

「デザインが変わっているものとか、目につくものは、飽きちゃうものだと思うんです」

なんてふうに、言ったりしている。

そう。

毎日、目につくところに置いてあって、それが、非常にうるさいデザインや形をしていれば、

毎日のことだ。

たぶん、くたびれると思うのだ。

家具は、そういうものだと思うのだ。

--------------------

話は前に戻って、中村氏の「家」つくりのもとにも、「普通」が脈々と流れている。

普通でちょうどいい。と。

そう、毎日、暮らす箱・空間だからこそ、

普通が、ちょうどいいと思うのだ。

--------------------

自分は、額縁を作る立場であるけれど、美術・芸術関連の書物よりも、

「建築」とは違う、

住宅や住まい、もっと地に(地域)に根差した民家や小屋が大好きで、

そういった書物や写真集や、

それを越えて、現物が大好きだ。

旅をしていたときも、何をしていたかといえば、

そんな風景を描いてばかりいた。

観光をするよりも、普通の町並みや、民家や、

その家々の窓や戸を眺めては

「これは額縁になるねえ」

と、うなっていたものだ。

自分の作る額縁は一見、とても装飾的な印象があるのだけど、

もとを辿ると、普通の町並みの、普通の民家の

ひとつの窓だったりする。

20050225_06332005

トルコの古物屋。

懐かしいスケッチだわー。

|

« 大切なお話 | トップページ | オープン1周年 »

日々のこと」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/580207/56805032

この記事へのトラックバック一覧です: 普通のもの:

« 大切なお話 | トップページ | オープン1周年 »