2012/05/25

日々のmajakka

いま、どの額縁も乾かし中で手がつけられないので、ブログを書いてみようと思う。

日々、Facebookに、写真だ、記事だ、投稿していると、それで言いたいことは言った。

みたいな完了してしまっている感がある。

しかし、よく考えてみれば、すべての人がFacebookを使っているわけでもない。

それで勝手に完了してしまっていては、大変失礼な話である。

ということで、最近、ぼやぼややっていたことを、まとめておこうと思い、

日々のmajakka。

店内、オープンしたての頃にくらべると、だいぶ、花と緑は落ち着いたけど、

その、お祝いでいただいた緑、鉢ものは、相変わらず、元気。

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剪定しまくっているうちに、1本だけ明らかに伸びている子がいて、切れずに取っておいたら、

のびるのびる。

いまは、もっとのびてる。

「園芸の知識も何も無いもんで、何したらええか、わからんな」

つまり、剪定も自己流なのだ。

「お水くれといたら、いいんじゃない」

「・・・・・・・・・。」 ←ホントにそれだけでいいのか考え中

お店を始めるまでは、正直、花や緑に対しても無頓着で、興味も無いといえば無かった。

しかし、この変わりよう。

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お店の脇にある花壇。

奥さんが、草むしりしないから、やってるんでしょう。

と、旦那せっせと草むしり。

「奥さん、写真撮るヒトねー」

と言って、奥さん、退散。

花壇にハーブを中心に何種類か花の苗を植えたんだけど、知識無いでしょう。園芸の。

いまね、明らかに植える位置おかしくなっちゃってて、えらい背の高い花が最前列だったりするのね。

植えかえるのも可哀想だから、そのままね。

相変わらず、手書きのダサい看板も健在。

で、「お車こちらにー」の、これも手書きの看板、さらに増やし中。

看板といえば、まだある。

店先に、お店の説明を書いた案内書みたいなものを置いていたんだけど、どうも目立たん。

そこで、黒板看板とセットにしたら、ずんずん減っていく。

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減るのは、ありがたいんだけど、新たな説明書を作らねば、と少々焦り気味。

といいながら、のんきにブログなんぞ書いているんだけどね。

西日をあびて、きらきら輝いてるお店。

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自分もきらきらしてみようと思う。

うそ。

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2012/05/20

納品のおはなし

先日、家具の納品に行ってきました。

ワタクシ、家具の納品に行くのは初めての体験でありました。

といいますのも、額縁は基本的に発送か、お店での受け渡しだからなんです。

まあ、家具。

受け渡しできるサイズかっていうと、

「はい、ダイニングテーブルね」って。

一人では持って帰れないでしょう。そんなサイズ。

あと、家具は実際に置く場所、使う場所に設置してからの微調整も必要ですし、

通販の家具じゃあるまいし、お客さん、自分で組み立ててください。

なんていう投げやりな、やり方ではないですし。

そもそも、家具であれ、額縁であれ、手作りのものは

「贈り物」

だと、私は思っているのです。

もちろん、品物でもあります。商品でもあります。

でも、手渡したとき、私たちの手元から離れて、お客様の手元に届いたときの、お客様の反応をみていると、

「あー、これは、たぶん、贈り物なんだろうな」

って思うんです。

オーダー家具となれば、お客様のご希望にあわせて図面をひき、ある程度の完成予想図といいますか、

こういう家具が出来るんだろう。

ということは、お客様も予測がついていると思うんです。

だけど、よいしょ、よいしょ、お客様のご自宅に家具を運び、

梱包の毛布を開いたとき、

「わー!!」って。

お客様は純粋に喜んでいらっしゃるんです。

そして、それをご指定の場所に設置して、ピタッときたとき、作り手である私たちも本当にうれしいんです。

今回は、テレビボードの納品だったのですが、

これがまた、びっくりするぐらいに、壁にピタッときたんです。

直角に交わっているであろうと思っている壁も

水平だろうと思っている床も

案外、ゆがんでいるのが、私たちの暮らしている「家」なんです。

でも、それは仕方ないことなんです。

だからこそ、微調整の準備をして、道具一式持ってお客様のお宅に向かうのですが、

微調整の必要一切なし。

ピタ。

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壁の直角に沿って、床に沿って、ぴたり。

そして、この材を納めて下さった材木屋さんも、この完成したテレビボードを納品する前に見に来て下さったほど、

美しい木目が、ビシッと出ております。

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「この、ピタってくるのが、オーダー家具の醍醐味やな。市販の家具では絶対そうはいかんもん」

お客様は、このピタが、たまらなくうれしかったようで、

ピタ!ピタ!ピタ!

を、何度もおっしゃっていました。

そして、いずれは

「こうな、壁にピタってくるような奥行きのないパソコンが置けるくらいの自分のデスクも欲しいねん」

と。

最初にお会いした頃は、「自分の家具」、「自分用の家具」のことは、全くおっしゃっていないお客様だっただけに、うれしかったんです。

オーダー家具は、とってもお手頃価格といいますか、とってもお値段の安いものではありません。

「よし、作ってもらおう」

となると、それなりの覚悟も時間も必要だと思うんです。

だから、私たち作り手は、ことさらに、

「作りましょう、作りましょう」とも、薦めないし、

とにかく、待つんです。

私たちの意見をお客様に押し付けるのではなく、お客様の判断で、納得がいくまで、決めるまで、

ひたすら、待つんです。

そうすると、お客様は、自然とご自分で、答えを導くんです。

私たち、作り手は、そのお手伝いができればいいな。

と思っています。

だから、納品し終わった後も、とりたてて、薦めません。

「こういう家具もありますよ、こんな家具も便利ですよ」

とか。

ご提案というのは、とても大切なことだとは思うのですが、決めるのはお客様です。

そんな想いがあるからでしょうか。

お客様ご自身の口から、「自分のための家具」の話が出たとき、

私は、うれしかったんです。

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多少、使い勝手が悪くても、デザインがダサくて、どうだこれ?の家具であっても、

大体のものは、使うことは出来るんです。

しかし、不便な思いをして、無理をして使っていることが疑問であったり苦痛を感じるのであれば、

「心地好さを買う」

という考えもある、と私は考えているんです。

オーダー家具
  ↓
贅沢をする
  ↓
贅沢品を買う

というわけではなく。

オーダー家具
  ↓
自分の暮らしに合わせたものを、自分で見極める
  ↓
それを暮らしにとりいれることで、暮らしが心地好くなる

そう。

毎日の暮らし。

なんで、苦痛じゃなくちゃいけないんだ。

と思うのです。

気持ちよく、暮らしたらいいんですよ。

たぶん。

だから、オーダー家具であれ、オーダー額縁は、

自分への「贈り物」だと思っているんです。

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今回のこちらのテレビボードと、ほぼ、同じ時期に別のお客様に鏡の納品もしておりました。

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どう頑張っても、店の中が写りこんでしまうなあ。

本来なら、完成品をバシッと撮影できる場所を確保しておくべきなんでしょうけど、まあ、これも自分たちのスタイルなのかもしれない。

というより、場所が限られているなかで、どう工夫するか。

なんでしょうね。

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2012/05/18

唯一無二

先日納品した家具のことを書きたいな。

と思いつつ、いやいや他にやることあるだろ。

そっちを先におやりよ。

なんて言っているうちに、どんどん時間ばかり経過してしまい、

挙句に、アップする記事、これかい。

の状態ではありますが、いかがお過ごしでしょうか?

また、ワケのわからないタイトルでスタートであります。

「唯一無二」

なんのこっちゃい。

家具を作っていらっしゃるかたが、その端材やお客様のご依頼で額縁を作ることは、たくさんあります。

現に、ワタクシの旦那も以前の勤め先で、家具を作っていましたが、もちろん、額縁の依頼もあったようです。

それは、ごく普通のことといいますか、当たり前のことなんですが、

額縁を作る人間にとって、

自分の場合、額縁しか作れない人間なんですが、

「木工の一部として額縁を作っている」

「家具作りのはじっこで、額縁も作っている」

と思われたら、

「否」

とお答えしたいのです。

なぜなら、ワタクシは家具は作らないし、木工の一環として額縁を作っているという認識がないからなんです。

そんなワタクシの「額縁屋」の看板を下ろすことなく、旦那の「家具屋」と共存させてもらえたことは、本当にありがたいことだと日々感謝なのです。

では、何が唯一無二なのかといえば、

家具屋と額縁屋が、一緒になっている店が他に無いということなんです。

ためしに、グーグルなりヤフーなりで、検索してみてください。

「家具 額縁」

と。

もちろん、単品だと、たとえば、「家具」というキーワードだけだと、majakkaは、どこよ?状態です。

しかし、ここに、「額縁」という一言のキーワードを加えるだけで、恐ろしい勢いで上がってくると思われます。


上がってこなかったら、ごめんなさい。

おそらく、全国、もちろん世界レベルで探せば、家具屋と額縁屋が一緒になっている店は他にも存在していると思います。

しかし、ワタクシの知る限りの低レベルの検索では、majakkaだけなのです。

それは、自慢でもなんでもないのです。

何が言いたいのかといえば、

「家具屋だから、額縁も並んでるんでしょう」

という、おまけ的な額縁の位置づけをされがちな額縁の存在を恐ろしい勢いで、ワタクシ一人でもって、世に知らしめたいのです。

地味な闘いです。

ちなみに敵はいません。

なもんで、闘っている意味もわかりません。

一人で、なにかに向かって、

ぱかぱかぱかぱかぱか

って、なにかを投げつけるなりして、闘っているんでしょうね。

ワタクシにとって、額縁は全てです。

たぶん、旦那との結婚の条件も

「額縁作らせてくれるか?」

で、問題なく作らせてくれる相手だったからとも思えるのです。

そんな自分は、幸せだと。

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そんな、幸せネタでこのブログをしめる気はございません。

ナマぬるいわ。

さて、majakka、店には、ここまで書いたので、当然ですが、家具と額縁が一緒に並んでおります。

そして、お客様、家具だけ見ている(興味をもたれている)かたもいれば、逆に額縁にばかり興味を持ってくださるかたもいます。

それで、いいのだと思うんです。

そして、それぞれのお客様にあわせて、それぞれの作り手が登場いたします。

その、温度差たるや。

全然違います。

そりゃそうでしょう。

違う店が一軒の店に入っているんですもの。

さて、出勤しよう。

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2012/05/09

シガー・ロス

先日、神戸で上映していた爆音映画祭で、「シガー・ロス」のライブをみてきた。

いつも、お店のこと。家具のこと。

ばかりなので、今回はワタクシの大好きな音楽の話をしようと思う。

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シガー・ロスとは、アイスランドの4人組のバンド。

凍てつく大地から生まれる音楽は、限りなく透明に近く清らかで、ときに、轟音ととも聴く者を圧倒する。

静寂と轟音。

それは、まさに、爆音で体感するにふさわしい音楽なのだ。

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長野に暮らしていたことがある。

神戸に越して来る前のことだ。

生まれ故郷の横浜もそう。長野もそう。

離れてみて、やっと実感するのが、その地の持っていた「よさ」である。

シガー・ロスを知ったのは、長野に居た頃のことだ。

真冬の誰もいない駐車場で、車を停め、そのなかでシガー・ロスを聴いた。

積もる雪が、夜中でも仄かに明るくて、そんな静寂の中で聴くシガー・ロスがうつくしくて震えた。

冷たい澄んだ空気は長野の地ならでは。

いま、同じようにシガー・ロスの音楽を体感することは難しくて。

だからこそ、長野に居た頃が貴重に思えてくる。

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音楽は自分にとって一部だ。

生活する、額縁を作る、考える。

そんな背景に在る。

もちろん、お店でも音楽は在る。

雰囲気がいいだけで選んだコンピ・アルバム、たとえば、「カフェ風」なんてものは、

かけた例がない。

というか、そんなアルバムは持っていない。

そのアルバムの背景に自分は存在していないからだ。

雰囲気が良いか悪いかで考えると、「シガー・ロス」は難しい位置にあると思う。

ときに、いきなり痛いほどの轟音が満ちる。

かと思えば、何も聴こえないほどの微音。

静寂が続いたりする。

でも、自分は、それを「majakka」の音楽として、店の空間に漂わせている。

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店の外の轟音。

車の往来、電車、踏み切り、クラクション、ブザー。

それらの音に掻き消されながらも、それでも、シガー・ロスを聴く。

たまに、無音のなかで、ただ向き合って聴きたいと思うときがある。

それは、たぶん、自分に戻っていくときなんだと思う。

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2012/05/02

レイアウト変更

試行錯誤中ではありますが、「majakka」、お店の定休日は毎週、火・水曜とさせていただいております。

そして、お店が休みになるたびに、ゴソゴソと店内のレイアウト変更をしています。

お!?イメチェン?

っていうか、開店して1ヶ月そこそこで、イメチェンは早いでしょう。

そうじゃないんです。

majakkaにはshopスペース以外に、額縁・作業部屋と家具製作・工房があるんですが、

正直、手狭です。

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工房。
汎用機械で、ぎゅうぎゅう。

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額縁・作業部屋。
パソコンも置いてあって、こちらも負けじとぎゅうぎゅう。

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これは明らかに置ききれないだろうという物が存在していて、

たとえば、冷蔵庫。

なんて物を、先日、購入してしまったわけで。

だけど、考えていたんです。

置けないのであれば、置ける場を確保すればいいのだ、と。

そして、現在、冷蔵庫は、shopスペースの、ある場所に隠されているのです。

「ここです」

と公開したいけれど、いづれ来て下さるであろう方々のお楽しみ(?)のために、隠しておきましょう。

ちなみに、冷凍機能は弱めなので、お土産はアイスはダメです。

とけちゃうからね。

そんな冷蔵庫以外にも、家具をくるむ毛布やら、椅子張りの布地やら、納品待ちの家具やら。

とにかく、場所を作らねば。

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すでに置いてある家具があるもので、じゃま。

大切に育てている、グリーンたちも、正直、このときばかりはジャマ。

そして、今日は、作業部屋の窓に、カーテンを。

遮光。

というより、アルミサッシの茶色が、なんとかならないものか。

と考えての、結果。

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こんなふうにして、日々、majakkaが変わっていく。

のは、面白いけど、やることもたまっていく。

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2012/05/01

ブログが変わる

先日、いよいよ。

といいますか、そろそろかな。

ということで、ブログのテンプレートの変更をいたしました。

つい先日までは、「クマちゃん」でした。

これはこれで、正直気に入っていたんです。

でも、「これってどうなん?お店の雰囲気と違うんちゃう?」と、旦那からは指摘されていました。

開業準備中から始めたブログで、まだホームページも無かったわけで、

(いまはあります。はい、ドン!→こちら

その当時は、お店の雰囲気を伝える写真もなかったもので、

ならば、少々、華やかに可愛らしいテンプレート(どんなセンスだ?)でも使ってみることに。

それが、「クマちゃん」だったわけで。

でも、いよいよ。

ですね。

そろそろ、自分たちの店として漕ぎ出そうということで、変更いたしました。

ホームページもそうですが、このブログのテンプレートもそう。

たったのテンプレートの画像を変更して、ちょこちょこ手直しするだけで、血眼。

必死。

なぜなら、HTMLもCSSも、わからんからです。

常に教本片手です。

それでも、レイアウトは崩れます。

Macユーザーの皆さん、見事に崩れてるでしょう。

わかってるんです。

だけど、自分のホームページ作成力では及ばないんです。

これが素人の作るホームページなんです。

あまりに血眼なもんで、

「業者に頼む?」

と、旦那にも言われます。

たしかに、オシャレにカッコよく出来ているホームページを見ては、単純に、

「ええなあ」

と思うんですよ。←単純な人間だから

でも、何かが自分の背中を押すんです。

「レイアウトが崩れてたってええやん。自分で作れば」と。

正直、しんどいです。

教本読んだぐらいじゃ、理解できません。←単純な人間だから

だけど、なんでしょう。

店の内装作っていたときもそうですが、

やれる気がしたんです。

自分たちで、壁立てて、入口も試行錯誤で引き戸を作りました。

たまにギシギシいう引き戸です。

たまに、旦那が、カンナあててます。

でも、ちゃんと、開きます。

閉まります。

いまは、オシャレに呼び鈴なんてついちゃってます←改造した風鈴だけど←よく鳴る

そんなふうで、いいんじゃないか。

と思っているんです。

自分たちの作るものは、「手」で作るものです。

もちろん、大きな機械や道具も使います。

だけど、基本は「手」なんです。

その延長上で考えると、図面を引いたり、血眼になってるホームページを作る、パソコンも。

自分にとっては、道具なんです。

だから、飛躍的に「カッコいいこと」←どんなことだよ

ハイセンスに「オシャレなこと」←って言ってる時点で、何か違う

が、その道具たるパソコンで出来なくても、

伝わればいい。

と思っているんです。

レイアウトの崩れは、みなさまに伝えたいワタクシの「想い」です。

たまには、そんな崩れているホームページを見てもらえたらうれしいんです。

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2012/04/27

神戸・須磨の理由

開店の準備をしているときから、そして、開店した今も。

たまに、ちょこちょこと訊かれるのが、

「なんで、ここで?」と。

なんで、神戸の須磨区で家具屋と額縁屋を開いたんですか?

と、訊かれるのだ。

これがまた、特別な強烈な理由は無いのだ。

しかし、ご縁だな。

と、日々思うのである。

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家具を作っている旦那は、兵庫県の明石市出身。

そして、額縁を作っているワタクシの出身は、神奈川県横浜市。

2人とも、バラバラである。

ちょうど去年の今頃、結婚を目前に、旦那は大阪から。

ワタクシは長野から引越してきた。

「どこに住もうかね  ( ゚д゚)ポカーン 」←漠然としている

お互い、「絶対ここに住みたい!」という絶対感は無く、

とりあえず、旦那の勤め先の大阪と実家のある明石の真ん中あたりで探してみることに。

「そうなりますとねー」

だいたいどこの不動産屋も「垂水!」を推す。

が、どうも、ここぞ!という決定打がない。

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実際に不動産屋に出向いて探す前に、家賃と広さからネットで検索に引っかかった物件があった。

「広さのわりに、安いねえ」

「眺望抜群って書いてあるねえ」

それが、いま住んでいる須磨の自宅なのだが、

安い→眺望よろし→ということは、

これ、すなわち、立地条件だな、と。

1軒の不動産屋だけ、この物件を普通に「どうぞ」と見せてくれたが、ここ以外の不動産屋は口を揃えて薦めない。

そりゃ、そうかもしれない。

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この眺望だもの。

相当な、坂の上なわけですよ。

このお写真、自宅から須磨駅に向かっていく階段坂。

勾配が急すぎて、一段一段の階段自体が坂になっているというレベルの高さ。

これは、しんどい。

しかし、「眺望抜群」はたんなる誘い文句ではなかったのだ。

本物です。

でも、自宅は2階なもんで、海は半分、前の家の屋根にかぶっちゃってるんだけどね。

ちなみに、3階は、抜群。

嘘じゃないらしい。

そんな自宅が須磨で、

工房やお店となる物件も近くがいいね。

なんて、のんきに探していたんだけれど、これが全くと言っていいほど見つからない。

エリアを広げよう。

といって、神戸市の西区や兵庫区、市を広げて明石市も範囲に入れてみたけど、見つからない。

無駄に動き回る。

そんなことしかできない、数カ月が続く。

すがる思いで不動産屋に電話するも、

「そんなあ、自分で動かな見つかるわけないやろ」

と、幾度もお叱りの言葉をいただき、←怒られるのはなぜかいつも自分の役目で。

自分、関東人。

関西の土地勘なんて全く無いもんで、何をどう動いていいものやら。

ならば。

無駄に動き回るしかないのだ。

無駄に電車乗ったり、無駄にバス乗ったり。

アワワ ヽ(´Д`;≡;´Д`)丿 アワワ ←もう、わけわからん状態になっちゃってる

そしたらね。

やっぱり、見てるひとは見てるんだなあ。って。

「あいつ、無駄に動いてるなあ。アホやなあ。でも、頑張ってるから許してやるか」

みたいな。

見えないとこで、神さまがいて、

「ほい」

って、くれたんだね。

そろそろ、ええやろ。この人、土地勘無いみたいやし。

で、いま。

こうして、家具屋と額縁屋と。

工房も作れて、shopスペースも作れる。

majakka-マヤッカ

が、出来たわけなんですね。

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須磨に暮らし始めて1年が経とうかとしております。

あの、眺望抜群の須磨の自宅に居たのかな、神さま。

ご縁ご縁が重なって、もちろん、いまがあるんだけど、

最初に書いた、、「特別な強烈な理由は無い」のだけれど、「いま」はある。

でもね、海と緑の町、須磨には赤くてステキな灯台があるんだ。

そう。

私たちの「majakka-マヤッカ」は、フィンランド語で、「灯台」を意味している。

では、なんでまた、フィンランド?

それにも、理由はあります。

それは、いつかまた。

だって、今回のブログ、強烈に長文だもの。ダメだわ、こんなに書いちゃ。

絶景。

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2012/04/17

求ム20代男子

べつに求人広告出してるわけじゃあ、ありません。

いやあ、何かと言いますとね。

立地条件、売り物のせいでしょうか。

なかなか、ご来店の世代がバラけないんですね。

いちばん、家具を欲しているであろう世代。

家具を必要としているタイミング。

それらの方々は、結婚して引っ越し、

あるいは、ファミリー層。

で、あったりするのです。

となると、見かけない。

というか、ご来店のないのは、

この世代。

求む20代男子。

なのです。

お店が、妙に可愛いのもあって、20代女子には受け入れられていると思うのです。

まあ、家具ですから。

買う・買わないは別といたしまして。

---------------------

が、先日。

夕方。

若い男子が、ひとりでご来店されたんですね。

( ゚д゚)ポカーン
 ↑
見慣れぬ世代のお客様に、慣れぬご様子。

壁から・・・|д゚)チラッ

 |д゚)チラッ

|д゚)チラッ
 ↑
様子うかがいすぎ

けっこう、じっくり見てます。
見てますなあ。
見てるねえ。
家具も額縁も見てる。
   
声かけてみようかな。←っていうか、声かけてください

で、勇気をふりしぼって、ガン( ゚д゚)バレ。ガン( ゚д゚)バレ。

話す。

どんどん、話す。

結果的に、いっぱい話す。

工房も見てもらっちゃう。

アンケートも書いていただく。

んもう、この際だから、どんどん質問。

( ゚д゚)ノ ハイ!シツモーン!

( ゚д゚)ノ ハイ!シツモーン!

とにかく、知りたかったんです。

正直、まだ「家具を買う」世代ではないと思うんです。

そのくらい、若い方だと思うんです。

そんな世代のかたにとって、決して、べらぼーに安いとはいえない家具を見て、どう感じるのか。

本来、お帰りになる前にご了承をいただいて書いてもらうアンケートは、お客様がお店からお帰りになってから、

「ふーん、こういう見方もあるねえ」

「へー、こういう家具に興味があるんだね」

と、旦那と二人で一生懸命、アンケートの一言一言を解読するんです。

が、

この日ばかりは、いつもと違うぜよ。

の展開に。

お客様、目の前にいるのに、ポンポン、質問。

アンケート、見ながら質問。

というのは、彼が書いてくださったお答えが至極、具体的だったからなんです。

開店して1ヶ月。

なんとなく、自分たちも気づいていたようで、どうしようもしなかったこと。

それを、彼は指摘しているんです。

スゲェ━━━━━━ヽ(゚Д゚)ノ━━━━━━ !!!!

いろいろ毒されていないんでしょうか。

曇りのない、まなこで「素」で、見てらっしゃる。

作り手の我々でさえ、たぶん、毒されているんです。

だから、わかっているのに、行動としてかたちに出来ていないことを。

彼は、素直に指摘してくれたんです。

いままで、お店を立ち上げる前から、ターゲットは絞っていました。

そして、正直なところ、ターゲットには入りきらないだろう。

と勝手に思い込んでいたのは、彼の世代だったんです。

今回の出来事で、

ターゲットうんぬんじゃなくて、それぞれの世代に、それぞれな見方がある。

それは揺るぎもなく貴重な意見である。

ということを学びました。

旦那は、開店前の準備段階から

「20代の若い世代にも、こういう家具や物があることを知ってもらいたい」

と言っていました。

買う・買わない

じゃなく、「在る」ということだけでも、知っていただきたい。

ワタクシは、そう思います。

求ム20代。

おぢさんたちは、30代だ。

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2012/04/13

ちいさな家具

開店祝いのお花は1週間ぐらいで整理しましょう。

とかなんとか書いてあったりするけど、なんかそれも、あっさりしすぎてないか?

と思い、世話しまくり。

このところの日課は、まず、出勤。

花の様子見。←いきなり、水はくれない

土をさわる。

「・・・・・・・・・。」←なんか察知してる

様子見、終了。

水をくれる。←やっぱ、くれるんじゃん

それから、掃除をして、メールなどの確認をして、「今日の音楽」をセレクトして、開店。

1日1日、だいぶ、慣れてきた。

そして、製作の合間に、たまに考える。

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今回は、「ちいさな家具」。

小さいからって、べつに子供専用の家具というわけではない。

ここからは、イメージの話だ。

オーダーメイドの家具。

であるとか、

特注家具。

というと、特別にとんでもなく高価な家具なんじゃないか。

と錯覚されたりする。

とんでもなく大きなリビングに、どんだけ大きいねん。

っていうようなダイニング・テーブルを置く。

みたいな。

そんな、イメージを抱かれることがある。

そう。イメージ。

イメージは、こわい。

それが真実であっても、そうでなくても、本当に思えてしまうからだ。

でも、手作りの家具・オーダーメイドの家具は、そういうイメージのためだけに存在しているわけではないと思うのだ。

大きくて、立派で、ほんでもって、ばかみたいに高価で。

そればかりではない、と。

「ちいさな家具」というのは、大きな家具が買えない人のために作った家具ではない。

むしろ、大きな家具なんて必要のない人のために、作ったのだ。

たとえば、たいして人数もいないのに、家に巨大なテーブルを購入する意味。

それは無意味でしかないと思える。

いま、自分がどのくらいの規模で、どんな暮らしをしているのか。

ということを素直に見渡したとき、本当に必要なものは、自然と見えてくるのではないだろうか。

いま、店に置いてある家具のうちのいくつかは、そんな視点から生まれた家具だ。

日ごろ着ている服を、ちょっとかける。

それなら、変な引き出しや、無駄な高さなんて、いらない。

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という視点から生まれた、コートハンガーは、ちいさい。

ちいさな本棚も、いま、店にある。

壁面収納で、びっしり本を詰めたい。

という暮らしもある。

しかし、それを望んでいる人ばかりではない。

いま、読んでいる本。

気に入っていて、常に身近に置いておきたい本。

そんな限られた本を整理するための本棚があってもいいではないか。

と思うのだ。

大きいばかりが、家具じゃない。

ちいさくても、そこに「必要」と「意味」があるのだ。

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「オーダーメイド」という言葉から発生した既成概念。

大きくて・立派で・高価な

もちろん、そういう家具もあるし、それを求めている人もいる。

しかし、そればかりではない。

それに縛られていては、「見えるはずのもの」も、見えなくなってしまう。

オーダーメイド

それは、「いま」と「自分」を問うもの。

たしかに、将来も大切。

これから来るであろう、近い将来。

でも、それに縛られすぎていても、見えるはずのものも、見えてこない。

「いま」、「自分」は、何を必要として、何を欲しているのか。

既成概念にとらわれず、

自分自身に問うてみたい。

花と緑の世話をしながら、日々、考える。

店の中に、小さな虫が飛んでいる。

家具のことばっかだな。

自分、額縁屋なのに。

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2012/04/07

家事と仕事

昨日、木工の学校の今年の卒業生となる女性が来店してくださった。

しなやかで美しく。
魅力的なかたでありました。

そして、大いに語る。

いままで、盲点にしていたというか、あえて見ないようにしていたこと。

それは、

「家事と仕事の両立」

それを、昨日、彼女とお会いしてお話をするなかで、自分にも当てはめたり考えてみたりした。

いままで、自分は「額縁を作るため」に生活していたようなものだ。

作るために、作りたいから、現場に行く。

そのためのお金を工面するために、その場しのぎの仕事でつないだり。

木工の学校へ行ったのも、将来うんぬんより、「額縁を作るため」だったのだ。

そして、それを支えていたのは、ワタクシの身の回り、家事をすべて面倒見てくれていた母親・そして家族の存在だ。

だからこそ、自分のやりたいことが出来たんだ。

と実感している。

で、いま。

結婚して、とりあえず、主婦という立場になっても、額縁を作ることに変わりはない。

しかし、いままでのような完全なるバックアップはない。

旦那はとてもよくやる人だ。

たぶん、自分よりマメだと思う。

もちろんウチのかあちゃんのように「全て」とは言わないまでも、かなり家のことをやる人だ。

しかし、自分は考える。

それは、器(うつわ)。ということだ。

人は生きていて、それぞれの役割があると思う。

誰だって何にだってなれる。

といわれるかもしれないけれど、その人に、「合っている・合っていない」と客観的に見て取れるのは、

やはり、器というのが大きく関わっているのではないかと。

誰だって、社長になりたい。

べつに自分はなりたくないけど。←どっちやねん

でも、「あ~、この人はやっぱ社長だな」と。

誰もが認めちゃうような、誰もが、その人を社長として安心して見れるような、

そんな人は確かにいて、

たぶん、そういう人が社長なんだと思うし、

そういう人が社長の会社は、会社としても充実していると思う。

逆に、

「こいつ、ホントに社長なのか?社長なんてやってて大丈夫なのか?」

な社長の会社は、会社としても疑問を感じたり。

たとえは、長々と「社長」になってしまったけど、←で、何が言いたかったんだっけ?

そうそう、器だ。

女性だからって、全ての女性が「主婦」であるとか「母」の器か。

というと、そうでもないと自分は思っているのだ。

「でも、みんなやってるじゃない、そうしてるじゃない」

とも反論される。

たしかに、世の多くの女性が素晴らしい。

仕事をしながら、家のことをやり、子供の面倒をみて、せっせと動いている。

ウチのかあちゃんも、然りだ。

自分もいま、せっせだ。

せっせと、朝食の準備をして、お弁当作って、せっせと帰って、夕飯の支度をして、

せっせと寝る。

食って寝る食って寝る。

規則正しい。

でも、時にこれに猛烈に反旗をひるがえしたいときがある。

美大の頃だ。

卒業制作の頃だ。

制作が追い込みにかかっているとき。

寝ず、食わず、朝までノンストップで制作をしていた。

頃がある。

というか、そんなふうなのが自分の生活だった。

深夜の闇と、早朝のほのかな明るさ。

そのコントラストが美しかった。

そんななかで、制作している自分が、「自分」だと思っていた。

そんなのを、いまもやりたいか。

というと、正直、しんどい。

明日も、いつもどおり店の開店があって、日々の家事があって、

「また、具合悪くなるでしょ」

と、旦那は言うだろう。

たぶん、バランスなんだと思う。

「これをやりたい!」

という我を通せば、何かもう片方には歪みが生じる。

もちろん、器というのもあるのかもしれない。

自分が、主婦という器にはフィットしないのは、しないのかもしれない。

が、そうではなく、

あきらめも、よろこびも、しんどさも、たのしさも、

なにもかもひっくるめて、

「自分がいまこうである」

という、「いま」を受け入れ、猛進すればいいのだ。

あ、やっぱ、やだ。

猛進やだ。

くたびれちゃうもん。

やっぱ、ひょれひょれ。かな。←自転車ネタ、まだ続いている

そうそう。

結婚前に、ある友人が

「あなたに良妻賢母は求められんわ」

と言ったね。

納得。

でも、バランスなんだろな。と。

さて、店に向かおう。

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